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正直者は馬鹿をみない
うぅ、きょうも会社の最後の一人。
最近思うこと。
『正直者が馬鹿をみる』という言葉があるが、これはある意味違っているかもなと考える。
正直に自分の思いを伝え、自分の道を歩んでいる人は馬鹿をみていないと思う。
『正直者は馬鹿をみない』
自分のように気が小さかったり、自分の気持ちに正直に動けない人が馬鹿をみるのだ。
自分の気持ちに正直に。
自分の道をいくのだ。
自分のやっていること、やってないことの責任をとるのは結局は自分なんだし
しかし、今やっていることの本当の意味を考えないでいる
『馬鹿正直ものは馬鹿をみる』 とは思う。あ、、だから、馬鹿正直と書くのか。。
頭脳の牢獄を脱出したい。
自分の仕事と最近の体調不良をうけて、、
どうもこの記事があたまにひっかかりました。
●ワーカホリックとは頭脳の牢獄。脱出する術は…。 | Lifehacking.jp
http://lifehacking.jp/2008/01/preventing-burnouts/
存在するすべての時間を仕事に投入している人、まわりにいませんか? 生産性が上がっているかとか、それだけ利益を上げているかといったことに関係なく、時間だけは投入している人。
僕自身は「ワーカホリック」だとは思っていないが、
結果的に1日12時間以上働くのはなんだか当たり前になっていて、
もちろん寝起きは最悪の気分、そして、会社を出る頃には
なんの娯楽もない深夜の世界。楽しめるのは通勤時の音楽や本、
自宅についてからのネットサーフィンくらいなもんだ。
時間さえあればすべてを仕事か、雑用にかけている人を時折みると、映画「マトリックス」(最初のやつですね)の登場人物モーフィアスの台詞を思い出します。「お前は奴隷なのだ。お前は他の皆と同じく、束縛された世界に生まれ落ちてきた。見る事も、触る事もできない牢獄に。それはお前の頭脳のための牢獄なのだ」。
ガーン。。。まったく言い当てられているような気がする。
自分自身の被束縛感が、そう言っているようだ。
そんなことをして、自分自身が向上しているか最近わからないことが多くなってきた。
いろんなプレッシャーを受けた末、かなり自分が世渡り的に強くはなったなと
思うところもたくさんあるけれど、体や健全な友人のつながりや、もっといえば
恋愛なんかはどんどん弱くなっているような気がするのだ。
と、いうより、そこに時間を割くことができていない。
このブログエントリに書かれていることもうなずける。
●暇を作れぬ奴に金は作れない| 404 Blog Not Found
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50992149.html
もっと考えながら日々すごさないといけない。
「何をやるか、やりたいか?」
もちろん重要だが、それを実現する時間をつくるためにも
「何をやらないか」
をはっきりしないといけない。
目の下がぴくぴくする
最近疲れているせいか、ここ4日間くらい、目の下のがぴくぴくします。
会社の先輩からは、
「顔面神経痛になったりするから気をつけな」
と脅され(ほんとは心配してくれたんだけど)ちと不安。
そもそも顔面神経痛とはなんぞや?と疑問をもったりしたので
調べてみました。googleの検索一番上。。
そもそも僕が顔面神経痛、、ときいて最初に思い浮かべるのは、
やっぱり顔が痙攣して、ひくひくなっていること。
その症状は「片側顔面けいれん」っていうらしい。
ビジュアル的にもなりたくはない病気だなぁ。
で、原因と症状だけど
身体的に疲労するというよりも、精神的に疲労をしたり、
緊張感が常に付きまとっている状態になると、
目の周りが引きつりを起こし始め、結果的に目が開かなくなる状態に。この範囲が広がってしまい、頬や口にまで広がってしまい、
顔の半分くらいが麻痺してしまうことを言います。
ということらしい、ストレスに起因する病気は、、僕のいる会社では結構おおいので、以外でもなんでもないですがね。
あまりストレス溜め込まないようにしたいものです。
いわゆる顔面神経痛というのは、顔の感覚をつかさどる三叉神経という神経に痛みが走る病気のようで、
かなりの痛みを伴い、、顔も洗えない、、、、と。
脳天気に生きたいなぁ~。
便利屋→超便利屋
最近自分の仕事上での便利屋加減について
よく考える事がある。
最初はデザイナーとして入った会社だったけど、
例えば映像やそれに付随する機材の扱いになんとなく詳しかったり。
WEB制作における様々な知識を持っていたり、
サービスについてちょっと新しいことをしっていたり、
そんなこんなで、やはり重宝されて便利に「使って」もらった気がする。
「便利屋」ということ、
「便利屋」って結局本人に何ができても、他人がやりたいと意図することを
肩代わりするだけなので、社会的な仕組み上、
どんなに便利でも「こき使われる人」なわけなのです。
一時期それが本当に嫌だったのと
社会的に低い地位で終わってしまう、、という恐れから
僕はどんどん制作系の仕事から自ら遠ざかる道を選んで、
ディレクションやプロデュース業務をこなそうとして来た。
しかし、最近なんだか新しい事を始めようとすると
自らがまた便利屋的な道に戻って来てしまうのだった。
今やっている事と言えば
●WEB制作ディレクション(時には制作も)
●WEB企画立案(金銭の交渉も)
●WEBコンテンツ用スチル写真撮影
●映像制作ディレクション・プロデュース(金銭交渉とか、営業的なこと)
●ラジオ番組制作(プロデュースと脚本は他の人で、僕は収録、編集、完パケ)
●外注管理(早朝深夜に電話かかってくる)もちろん教育も
●↑などなどの稟議関連、経理処理
●WEB関連のセミナーで最近講演もしてみた
とかとか。たぶん、もっとある
(自慢とかそんなでなく客観的に、むしろ自分的には微妙)
本当によく「君は何屋?」って聞かれる程。
しかし最近、ある人と喋ってて、
笑いながら「僕なんて便利屋ですよー」と自分が言った言葉に対し
「便利のレベルが違いすぎる」という、、、
なんかものすごく救われる言葉をもらった。
やって来た事をそんなに振り返る暇はなかったのだけど、
その言葉でちょっと幸せになれた。
「誰かに頼りにされる」部分があるってことは、
そこに需要があるということで、
そんなふうに、いろいろやってくうちに
自分なりのビジネスになるものが見えてくるかもしれない。と感じた。
人と人の需要を繋ぐ何か。 じっくり探す日々。
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